【映画】この空の花 -長岡花火物語

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『この空の花 -長岡花火物語』は2012年に公開された映画です。


先日、映画界に長年貢献された大林宣彦監督が亡くなられました。
代表作である尾道三部作『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』をはじめ、私も好きな作品が多い監督なので非常に残念な気持ちです。


大林監督の作品の感想を書きたいと思い、最初は尾道三部作のどれかを再鑑賞しようかと思っていました。
しかし、近年作られた戦争三部作『この空の花 -長岡花火物語』『野のなななのか』『花筐/HANAGATAMI』も凄いという評判を聞いたので、未見だったそれらの作品をこの度初鑑賞しました。


観た感想としては、当時御年70オーバーでありながらこんな凄い作品を作ったのかと、あらためて大林監督のパワーを感じさせられました。
特に三部作の一作目である本作『この空の花 -長岡花火物語』には、かなり衝撃を受けました。
この作品の感想をもって、私から大林宣彦監督への追悼とさせて頂きます。


2004年の新潟県中越地震を乗り越え復興した長岡市は、2011年の東日本大地震の際にいち早く被災地を援助した。
新聞記者・遠藤玲子長岡市で高校教師を務める元恋人・片山健一から届いた手紙に引き寄せられ、その地を取材する。
そこでは、女学生・元木花が書いた『戦争にはまだ間に合う』という1945年の長岡空襲を題材にした舞台が、長岡花火とともに公演するための準備が進められていた。
元木花を中心とした様々な人物から、長岡空襲から始まる長岡市の記憶を聞いてまわるうちに、遠藤玲子は不思議な体験をしていく。


様々な人物から長岡の歴史が語られていくのですが、その語り口は、いろんな要素が複雑に絡み合ったかなり特殊なものです。
多くの要素が混濁していますが、その要素を私なりに分解すると以下のようになります。


①劇映画とドキュメンタリー映画
本作は、劇映画とドキュメンタリー映画の中間のセミドキュメンタリー映画です。
主役である遠藤玲子片山健一を狂言回しとした物語ではあるものの、長岡の人々の口から次々と矢継ぎ早に過去の記録、歴史的事実が語られていく様はまさにドキュメンタリー映画です。


②現在と過去
過去の出来事が語られると、視点も過去に移動します。
人々の話を聞く中で、我々も現在と過去を何度も行き来することになります。
この現在と過去の往来が激しく、酩酊感すら覚えます。


③現実と舞台
作中の重要人物である女子学生・元木花が書いた舞台が物語に挿入され、たびたび現実と舞台が混ざり合います。
映像技法としては、監督の商業デビュー作『HOUSE/ハウス』のような特殊効果が用いられています。


④現実と幻想
作品の核となる部分にファンタジー要素が入っています。
序盤から既に匂わせている要素であるため、もうちょっと踏み込んで話すと、過去に死んだはずの人物が現在にも登場します。
現実と幻想が混ざり合い、歴史的事実を語る記録映画でありながら、幻想映画の趣もあります。


⑤フィクションとノンフィクション
作中では歴史を語る人物が出てきますが、それを演じる俳優と合わせて、その人物のモデルとなった実在の人物が登場します。
フィクションである映画の人物と、ノンフィクションである実在の人物が登場することで、作品の世界と我々が生きる現実の世界が混ざり合います。


…と、以上のような要素が挙げられます。


これらの要素が混ざり合いながらも、作品は異常にハイテンポな早さで駆け抜けていきます。
我々観客の脳に膨大な情報が一気に送り込まれるので、普通の劇映画を観るのと同じ感覚でいると、あっという間に置いていかれます。
少なくとも、軽い娯楽を求めて観るような映画では断じてなく、観る側にも相当なエネルギーを必要とされます。


もうね、これはちょっと実際に観てもらって体感してもらいたいですね。
渾然一体としたエネルギーが怒濤の奔流となって、とにかく圧倒されますから。


それらを表現する映像技法では、時にCGや特殊効果が用いられますが、これらはパッチワーク的で、一見あからさまに安っぽく見えます。
しかし、これらは意図的なものであり、我々を幻想の世界に誘う役割も担っています。
さらに言えば、大林監督作品に通底するノスタルジーを表現する手段であり、「過去を忘れない」という作品のテーマを表すものでもあります。
死んだはずの人物が登場するファンタジー要素も、過去を忘れないで欲しいという想いの具現化に感じられます。


混沌としながらも、様々な人々の反戦への願いにより物語は収束されます。
クライマックスの舞台と花火を観終わった頃には、筆舌に尽くしがたい感動を味わいましたね。
やはり戦争を体験した世代の方が作る反戦映画は凄いです。


それにしても、こんなにも瑞々しく若々しいイメージの奔流は、とても年老いた人が作るものとは思えません。
晩年の大林宣彦監督は、フェデリコ・フェリーニのような幻想作家の境地に至っているとも感じられます。
それだけに、まだまだ凄いものを見せてくれるであろう監督を亡くしたことを大変遺憾に思います。


大林宣彦監督、あなたの作品に込めた想いは確かに受け取りました。
どうか安らかにお眠りください。


評価 : ☆☆☆☆☆